堀ちえみさんが舌がんを公表して以来、口内炎で診察に訪れる方が増えました
一連の報道は良いきっかけではあったが……
堀ちえみさんの件は、みなさんご存じのことでしょう。おかげで、本日も口内炎が心配で受診される患者さんがおられます。とかく、有名人が病気にかかると俄かに耳目を集めることになりますが、それは良いきっかけとして、心配ならかかりつけの歯科医院を受診することをお勧めいたします。しかし一部報道では、歯医者では口腔がんを見つけられないとか、堀ちえみさんの件は歯医者の誤診だとかのバッシングが聞こえても来ます。
わたくしがまとめた口内炎との鑑別も、あわせてご覧ください。
口腔がんを早期に発見できるのは歯医者しかいない
口から肛門に至る消化管に発生する悪性腫瘍(がん)のうち、直接視認できるのは唯一お口の中だけ。内視鏡やMRIといった画像診断に頼らないので、発見は(比較的)容易なはずです。なのに多くの症例が見逃されてきた、と巷間で語られています。十数年前、某大学が行ったアンケート調査でも、歯医者の多くが口腔がんの初期所見を知らないと指摘されました。その原因はネットに流布されている記事に譲りますが、ひとつだけ許せないのが「歯医者は口腔がんの知識を身につけていない」という記述。たしかに症例自体少ないし、大学病院の医局員でもない限り目にする機会も少ない。でも命にかかわる病気ですから、各大学の口腔外科教授は口腔がんの知識を学生に叩き込んできたはずです。わたくしが師事した教授が、がんを発症する前の状態--前がん病変については赤マルつきで熱く語っていたのを覚えています。
ひとくちに口腔がんと言っても種類は多様です。病理組織学的に舌がんは偏平上皮がんの一種で、歯肉、頬粘膜はもちろん消化管ならばどこにでも発生します。うんと症例は少なくなりますが悪性黒色腫、滑膜肉腫といった早期発見が治癒の必須条件といえるレアな肉腫だって、ちゃんとたたき込まれているし、実際に国家試験でも網羅されているはず。なのに前段のような指摘がなされるのは、歯医者が歯を診ることだけに執心しているからでしょうか。歯を削ってはナンボ、歯を入れてナンボの商売……自分もその例に漏れない、とう言うより健康保険がそんな報酬体系になっているからでして、もはや「医者」と名乗るのも恥ずかしい気がします。「歯医者」じゃなくて、こりゃ「歯大工」だな。世の多くの人が我々を「歯科医師」ではなく「歯医者」と呼称するのは、「歯大工」たる侮蔑の意味も込められているんでしょうよ。
こんな場合は注意が必要、心配ならこんな歯医者に行け!
歯大工の自覚があるわたくしでも、これまでに3例の口腔がん、2例の前がん病変を見つけております。ちょっとでもおかしいと思えば、なんら躊躇うことなく上位の医療機関へ紹介しています。開業以来、100例ほど紹介したでしょうか。うち口腔がん、前がん病変が5例ですから、20人にひとりがクロだったわけで、学校ならクラスのうち2人ほどですから、こりゃあ高確率と言えます。
でもね、紹介状を書こうとする段になって、消極的な患者さんのなんと多いことか。「え~、そんなとこに行かなきゃダメぇ?」とか「そんな大げさな」とか、酷いのになると「検査、痛いんでしょ?」と言われた日にゃあもう、一時の痛みと命とどっちが大事なんだい?と言いたくもなりますが、そこは客商売、嫌ならいいんだよ、と言っておきます。あとで「無駄足になった、無駄金を払わされた」と文句たれる無礼者がいなくもなかったので。だけど無駄と引き換えに、心の安寧が得られたのならいいではないか,と私は思うのだが……
初期の口腔がんは痛くない場合がほとんど。だから患者が自覚しない状態で、わたしが偶然に見つけて紹介に至るわけで、患者としても寝耳に水だから、そんな反応なんでしょう。ですから「大丈夫だとは思うが念のため」と紹介状に言い添えることにしています。
口腔がんの初期所見は視覚的に白い病変であることが多い、その白い病変が拭っても取れないなら注意が必要。顎の下や、首にしこりがあるなんてのはもう……
大酒飲み、ヘビースモーカー、虫歯を放置しているのは疑いを強くする悪条件。堀ちえみさんのように、薬のせいだと先入観を持つのは特に良くない。
厄介なのが、看板に「口腔外科」の標榜があるからと言って、必ずしも口腔がんを見つける目をもっていないかもしれない。
通常の口内炎なら、放置しても数週間で治ることがほとんど。それでも治らないのに「しばらく様子を見ましょう」と言うのはどうかと思う。レーザーで焼く……いやいや、ここでは語らないでおこう。そのうち、私なんかよりずっと権威のあるセンセが語るよな。でも、これだけは言おう。「なんだろう、これは?」と発想するのが医療の担い手のあるべき姿ですよ。つまり、手に負えないと感じたら、いつまでも引っ張っていないで、さっさと上位医療機関へ患者を紹介する。患者のほうも、心配なら「紹介してくれ」と歯医者に伝える。もっと言えば、面倒くさがっていないで、とにかく病院の口腔外科で調べてくる。以上、歯大工を卒業したい歯医者からの提言でした。